ふわふわ。
ふわふわ なでなで
寒いこの時期にその体温は心地よかったが、身体を這う手にどうしても活字を追う意識が引っ張られる。
ふわふわ なでなで
その手にやましさがあれば叩き退けることは出来る。
ふわふわ なでなで
しかしその時ばかりは下心のない可愛らしい動作で。
ふわふわ なでなで
いっそ撫でられている方がもどかしくなってしまうほどだ。
「もう!そんなに気に入ったなら、あなたの分も買いましょうか?」
「あぁ?」
相手はなんでそんな結論になる?と訝しげに表情を歪めた。
もう半分も頭に入っていない本を投げ出して、カイは今着ているパジャマの襟元を持ち上げて見せた。
「気に入ったんでしょう?このパジャマ」
掴みあげた布生地の手触りに、カイも満足していた。
白くてシンプルなデザインのそれは、ふわふわしていて、寒気に見舞われたパリの夜を過ごすのにとても温かかった。
ふわふわした生地で作られたパジャマは、少々可愛らしくも感じられたが、部屋着だし誰かに見られるものでない。
それよりここ数日の冷え込みの方が堪え、それ故に手を伸ばしていた。
さっそく着てみれば、昨日着ていたパジャマよりも温かく、肌触りもよくて大変満足した。
腕枕で頬ずりしても気持ちいい。
満足な買い物も出来たし、眠るにしては少し早い時間で、少し惜しく感じられたから、読みかけの本を読み始めた。
ら、不届き者が例のごとく連絡なしに訪れたのだ。
不届き者を浴室に押し込んで、適当に食事を見繕った。
早々に浴室から戻って来た彼は、物珍しそうに肩辺りを触った。
何かと尋ねたら、随分温かそうだと返ってきた。
てっきり何かからかわれるのかと思っていたので、ちょっと拍子抜けだった。
それから食事を終えた彼は、カイが読書をしているソファまで来たかと思ったら、いきなり抱え上げて自分の膝の上に乗せた。
何事かと尋ねたら気にするなと言われ、彼は背後から肩口に顔を埋めた。
髪が濡れていれば怒れたものの、今日に限ってしっかり乾かしていたものだから怒る理由がなかった。
仕方がないから存在を黙殺し、読書を続けたていたら現在に至る。
「…確かに気に入ったが、着たいわけじゃねぇ」
本を放り出したことをよしとしたのか、同じ方向を向いていたカイの足の下に腕を入れて、横向きにする。
「大体似合うと思うのか」
「いや、意外と可愛いかも」
「お前頭大丈夫か?」
お前だから似合うんだろうが。と返された。
それは、褒め言葉として受け取りなくなかったが、この男から出る珍しい言葉に、胸の内がひっそり跳ねた。
いつだって不意打ちだから性質が悪い。
「もう寝ますから放してもらえますか?」
あぁ。と生返事が来たかと思ったら、妙な浮遊感に襲われる。
「ちょ、ソル、私は放せと!」
「俺も寝るんだよ」
「だからなんで抱き上げられるんだ」
抗議しても反抗しても、態度も逞しい腕もびくともしない。
そのまま朝まで抱き枕にされたのだった。
カイは手にある物を見て暫くの間、フラッシュバックに眩暈がした。
あのパジャマは、彼女と付き合い始めてから処分してしまった。
温かかったが、ふわふわがちょっと可愛らしくて、それでなんとなく気が引けてしまったのだ。
それ以来そのパジャマのこともそれに纏わる記憶も忘れていた。
「…そんなに気に入っていたのか」
手の中には懐かしいそのパジャマがあった、もこもこの。その時は無地の白だったが、今回はほんのり柄が入っている。
しかしそれはたしかにもこもこした温かそうなパジャマに違いなかった。あの時と同じ。
自分で買ったわけではない。
気まぐれにやってきた男が土産として寄越したのだ。
「何だ、まだ着てねぇのか」
ノックもなしにプライベートルームに立ち入った男は、当たり前のように言い放った。
「なんで私が着るんだ」
寧ろシンに着せてもいいんじゃないかと言ったら、「てめぇの親ばかっぷりは目も腐らせるのか」と言われた。
しかも相当渋い顔をした。
そんなに嫌悪する理由が分からない。
男は当たり前のように近寄ってくると、カイの服に手をかけた。
「ちょっと」
男の手つきはスリか何かなのかと思うほど鮮やかで、対抗の術を未だ持ち合わせてない。
複雑な筈の服はあっという間に奪い去られてしまった。
「さっさと着ねぇと風邪引くぞ?」
奪い去った服を返す様子もなく、男は非常に楽しそうな表情をしていた。
こんな時ばっかりと思わなくもない。
寒さが厳しいこの時期では、いくら室内だとしてもさすがに寒い。必要以上に室内を暖めているわけでもない。
しかし男はこのパジャマ以外着ることは許さないだろう。
そんなに気に入ったのか…。
たまにこの男の思考や趣向は本当に分からない。
++++++++++++++
多分本人もそんなに好きなのかはわかってないと思います。