無題。(下いです)

正直目を開けるのも億劫だった。
どうして億劫なのかは、正直、詳細を語りたくない。
ただ疲労の原因は公務でもカイ自身のせいでもなく、カイを挟むようにして横たわる二人のせいだった。
まだ未練があるのか、二人の手はカイの意識を引き戻さない程度に肌の上をなぞっている。

夢半ばで二人の会話を聞いていた。

眠っていることを気遣ってか、潜めた声で、でも二人の間で横たわっていたから、聞こえてくる。

「――って駄目かしら」

最初が聞き取れなかったのは、聞き慣れない単語であることも手伝っていた。

「・・・やめとけ」

トラウマになるぞこいつ。

呆れたような、渋るような返答。
こいつを示すように、あやすように添えられた背中の手が、軽く二回叩く。

そっかぁ。と残念そうに呟いた後、背中にぴったりと体温が張り付いた。

「――位にしておけ」

「じゃあ年明けは此方に来てくれるんですね」

混ぜてくれんのか?
喜色交じりの声に、機嫌のいい返答が返ってきた。
だってソルさんいる方がカイさんカワイイんだもの。

こめかみに体温が落ちる。

あんま触ると起きるぞ?と言いながら、同じ様に瞼に体温が落ちる。

その後も二人は二言三言言葉を交わしていたが、まとわりつく疲労に足をとられて、そのまま眠りに落ちてしまった。




「――はむり」

回廊を渡っている時に、聞き慣れた声が、あの聞き慣れない単語を使っていた。
見れば中庭で、どうしてその様な面子が揃ったのか不思議で首を傾げるしかないのだが、我が子と友人が何やら話し込んでいた。

三人は何やらしゃがみこんで、何か覗き込んでいるようだった。
近寄ったのは興味本位だった。

「何を見ているのですか?」

カイが話し掛けると大げさと思うくらい盛大な反応をした。
そしてばさばさと音を立てて落ちた本。
音につられて視線を落とせば、予期せぬ物にカイは顔を背けて視線を逸らした。

「奥さん出来ても相変わらずなんだな、カイ殿は」
「〜〜っ、あまり変な物を見せないで下さいね、闇慈さん」

極力視界に落ちた本が目に入らないように、カイは視線を戻した。
いわゆるいかがわしい本の類だ。
それをどういうわけか、闇慈とチップと、息子であるシンが囲ってみていたわけである。

成人男性だからそういうものに興味がないというのは、カイのように特殊な環境にいない限りは自然なことだと頭で分かっていても、どうしてもそういった類が好きにはなれずにいた。
シンもそれを理解しているのか、気まずそうに肩を竦めていた。

「男の子なら興味持って当然ですが」

咳払いしながら、フォローとも言い難いフォローを入れる。

「そもそも、なんでチップさんがいらっしゃるのですか?」

慣れないフォローを続けるより強引に話を変える方が得策だと考えた。
今の間に本の類は拾い集められ、人影の向こうに押し込められていた。

「何って、今日はジャパニーズの講演なんだろう?!」

来ることが当然とばかりにいっているが、闇慈は正式に招待をしてこの城にいる。
しかしチップを招いた覚えはちっともなく、いわゆる不法侵入に該当してしまう。

「カイ殿、まっとうに考える方が無駄だぜ」
「はぁ」

長年の付き合いの(というか付き纏われている)闇慈がいうのだから、それが得策なのだろう。
そんな闇慈に耳打ちする。

「シンに変なこと吹き込みそうになったら止めて下さいね?」
「あぁ、心配だわなぁ」

何か悪い予感がした。

「Shit!そこ!俺がいつ変なこと吹き込んだって?!」

耳打ちのはずなのに相手には聞こえていたようで、怒声が飛んできた。

「吹き込んでたろ、さっき」

それに怯むことなく闇慈が返す。

「あぁ?――くらい平気じゃなきゃ大統領になんかなれねぇぜ!?」
「いやいや、そんなもん平気じゃなくたって大統領になれるし、現にカイ殿は王様だ」
「王様と大統領じゃ別もんだぜ!」

連王国の国王は、ほぼ大統領と同じではあるのだが、あえて訂正をしない方が良さそうなのでカイは黙っていた。
それよりも前から気になっていた単語が唐突に出てきたので、そちらの方が気になってしまった。

「あの、ところで、――って、何ですか?」

その単語を口にした途端シンが吹いた。

「な、何ですか」
「いやぁ、カイ殿の口からそんな単語が出ると、なんかねぇ」

その反応から、やはりそれがそういう類の言葉なのだと知る。
事後の会話だったからそういうことなのだとは憶測していたが、しかしどんなことなのかはさっぱり見当がつかない。
それでも妻が興味を持っているということだったから、知りたいと、もし出来ることなら叶えてやりたいとは思うのである。…ただし、内容による。

「どんなこと何ですか?」
「カイは知らなくていい!!」

思わぬ抗議にカイはびっくりする。
見ればシンは顔を真っ赤にしている。

「いやぁ、カイ殿は、たぶん苦手だと思うぜ?」

それはあの晩あの男が言っていたのと同じようなことを言っている。
ますますどんなことだろうと変な方向に興味を持ってしまう。

「お前、王様の癖にそんなことも知らねぇのかよ!」

自信満々に胸を張って言いだしたのは、もちろんチップだった。

「いや、それ王様関係ないし。っていうかお前趣味悪いな」

闇慈がすかさず突っ込むが、チップも慣れたもので敢えて無視する。

「いいか、ス―」
「ガンフレイム」

眼前でチップが燃えて散る。
鼻先に熱気が掠めたが一瞬で去った。それはチップが地面に崩れ落ちたからだ。

「ソル?」
「ろくでもないこと聞いてんじゃねぇよ」
「おぉ、旦那ひっさしぶりぃ」

燃えたチップのことなど視界にも留めず、闇慈は突然現れたソルに動じることなく挨拶を投げかける。

「なんて会話してんだ、てめぇら」
「闇慈がなんか貸してくれるっていうから」
「春画かよ…」

カイよりも打ち解けた調子でソルに話し掛けるシン。
その様子をちょっと羨ましげに見ていると、ソルから腕を引かれた。

「お前、この間の会話聞いてたな」
「うわ、オヤジもそっち系?」
「俺じゃねぇ」

ソルが何故カイを引き寄せたのか意味が分からない。
ただソルの腕が届く範囲に寄せられ、ただそれ以上のことはなかった。

「ソルは、止めていましたものね」
「カイ、とりあえずお前は喋るな」

それが示すところが分からない。
無知であることがなんとなくバカにされているような気がしてならない。
そもそも、息子であるシンはその単語の意味を知っているようなのに、親であるカイが知らないというのは、それでいいのかとも思う。

そんなところまで思考が及んだ所で、頭に軽く叩かれる。

「いいんだよ、お前は」

叩いた手はカイの頭を包むように撫ぜる。冠を付けているので、冠の下に入れていた髪が抜き出され、ぐしゃぐしゃになってしまう。
後で冠をつけ直さなければ。

「それより闇慈、今度着物持ってこい」
「誰用だい?旦那?」

ソルは口頭では答えなかった。
が、闇慈には伝わったようだ。
どうやら指さしで伝えたらしいが、それがカイの背後で起こった為に誰宛なのか分からなかった。

「あれかい?姫初め?」
「いや、花電車」
「旦那、通だねぇ」

ノリノリの闇慈に対して、シンは分からないという感じだった。

「ソル、花…?」

知らない単語がまた出てきたらから、聞こうと思って仰げば、両手が左右に塞がれる。
圧迫される感覚、身体ごと引き寄せられたかと思うと背中に温かい体温が触れる。
血が通う音に外界の音が遮られた。

目に映る範囲で情報を拾い上げれば、復活したチップが何かを喚いている。
しかしソルによって耳を塞がれたカイには、何を話しているのか、聞き取りづらかった。

「ソル、ちょ、何の話なんですか?」

自分の声が頭の中で反響するような違和感を抑えながら、手を外そうとしないソルに抗議する。
その単語は確か、あの夜ソルが言っていた単語だ。
だとするとそれはいづれカイがその身に受けることに違いなかった。

と思っていると耳の圧迫感がなくなった。
かと思ったら身体がふいに浮く感覚。
ソルに抱き上げられたというのはすぐに分かった。

「じゃあ頼んだぞ」
「ちょっとソル!」
「旦那も忘れねぇでくれよ〜」

踵を返したソルは、強制的にカイをその場から退場させる。

「降ろせ!」
「てめぇはそろそろ仕事戻んねぇとやばいだろうが」
「まだ余裕がある!」
「あーはいはい」

ソルはカイの都合などお構いなしに連れて去る。
何より退場させたかったのは、その会話からだ。

「花…」
「それは今度実戦で教えてやる」
「私に拒否権はないのか!」
「知りてぇんだろうが」
「口頭でいい!」
「口頭じゃつまんねぇだろ」

ぎゃーぎゃーと喚き散らしながら二人は城の奥に消えて行った。
カイが変な単語を発する前にソルが口止めをしながら。

「ああやってな、王様は体裁を保ってんだぜ、チップ」
「はぁん?」

意味が分からないと言っているチップと。
子供の前でひでぇ会話するなぁと思う闇慈と。
養父と実父との関係に疑問符を打つシンと。

残された中庭で、見事な秋空が広がるばかりだった。



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息子が変な単語覚えるのはどうでもいいけど、実父はなんかいやなバッドガイ氏。
なんかおかしい話になっちゃった。
連王様が好き過ぎて、もう嫌がられるプレイでもしたくなっちゃうのです。