悪夢を見たと君が言う。




「夢見が最悪だった」

香ばしい誘惑に負けて心地のいいベッドから抜け出し、食卓に着いたらその第一声。

「ご愁傷さん」
「結婚式の夢で」

トーストにバターを塗る手も止めず、さらには視線さえバターに向けたまま、淡々と話を続ける麗人。
今ので話を打ち切らせてくれないらしい。

「相手はディズィーさんだった」
「めでてぇ夢じゃねぇか」

興味ないことを示すように新聞を広げる。
それの何処が悪夢だ、ただのノロケではないか。と思うが、カイはにこりともしない。

「タキシード着てた」
「はぁ」
「ディズィーさんが」

普通だろうという突っ込みの前に言葉を挟む。

「てめぇがドレスだったか?」
「おかしいだろう?!」

僅かに声を荒立てて、限りなく肯定に近い返答を寄越す。
やっと視線がこちらを向いた。ついでにバターを塗る手も止まった。

「別に夢だろう?」

別に似合いそうだからいいんじゃないかとも言おうと思ったが、律儀な彼が朝の挨拶をすっ飛ばして切り出した話題である。
カイが普段からこの手の話題を嫌っているのは知っていたし、それが相手がソルともなると容赦ない言葉と態度で拒絶反応を見せる。
神経を逆撫でする発言は控えた方がいいだろう。

「だから悪夢だって言っているじゃないか」

ドレスだって絶対彼女の方が似合う。と惚気ることも忘れない。

「参列者だってジョニーさんやメイさんもいるし、聖騎士団時代からの同僚もたくさんいるし、知らない人も挙げ句はクリフ様もいらっしゃって、そんな中ドレスなんて憤死してしまう!!」

朝で眠気が抜けず機嫌が悪いのか、はたまた疲れが溜まって笑う気力がないのか、判然としない表情でベーコンにフォークを突き刺す。

今は亡きクリフまでいるのは流石夢と言った所か。

「それだけならまだしも!」
「なんだ、それ以上に恥ずかしいことあんのか?」
「お前もいた」
「んだよ、俺に祝われるの嫌か」

 それともドレス姿を見られることが嫌なのか。

すぐさまカイは横に首を振る。
それどころかさらに渋い顔をした。

「…お前も花婿としていた」
「贅沢な夢だな」

 両手に花じゃねぇかと言うと、散々弄ばれたベーコンを押し込まれた。

「どういう夢なんだ?!」
「てめぇの願望じゃないのか」
「ウェディングドレスを着たい願望なんかない!」

 そこか?
 と思いながらベーコンを咀嚼して飲み込む。

「ウェディングドレスだけでもいやなのに、お前とも結婚式あげるなんてなんて耐えられないっ!!」
「お前今相当失礼な事言ってる自覚あるか?」

 いつの間にか立ち上がったカイは自分の肩を抱いて嫌がる。
 そんなに嫌か。
 まかり間違っても恋人に近しい間柄の時期もあったというのに。

「それもこれもお前が急に押しかけてくるのが悪いんだ!」
「八つ当たりじゃねぇか」
「洗濯物とかしっかり出してるし」
「あぁ、癖だ癖」
「ちゃっかり食材買ってくるし」
「そこは褒めろよ」

 とうとう机に俯せて喚き始める。
そこまで非難される謂れはないのだが。

 器用に朝食をよけて俯せるカイ。
 バターを塗り終えたトーストも、冷めたベーコンとスクランブルエッグも、ドレッシングをかけられたサラダも、ミルクを入れられた紅茶も、未だ綺麗に彩られたまま。
 出勤時間は確実に迫ってきているのに。

「おい、坊や」
「なっ…」

 呼べば不機嫌そうに顔上げた。
 その瞬間を逃さず額に手を当てる。

「…熱あんじゃねぇか」

 しかもかなり高熱。
 それでよく朝食を作ったものだ。

 通りで支離滅裂一歩手前の会話をしてくるわけだ。
 通りで一口も食べていないわけだ。
 通りで悪夢なんて見るわけだ。

 それからもわけの分からない不平不満をぶちまけるのを押し宥めて、仕事に行くと言って聞かないカイを何とか寝室に連れ込んで、参謀に連絡を入れて無理やり休ませた。
 それが気に入らないのか不正不満の噴出は留まることを知らず、大人しくさせておくためにその日一日こき使われる羽目になったのだった。






「っていうことがあったなぁ」

 紫煙を吐き出して、あれは災難だったと過去を振り返る。

「あら、あの子、予知能力もあったの?」

 話を背後から聞いていたのは、礼服を身に纏ったミリア。
 教会の参列席に、立った姿勢から肘を乗せて頬杖をする。

「本人は覚えてなかったがな」

 熱が下がるとカイはすっかりその時のことを忘れていた。夢の内容も、ソルに不平不満をぶちまけてこき使ったことも全て。
 今までにないほど誠実に尽くしたソルが脱力したのはいうまでもない。

「教えてあげればよかったのに」

 騒然とする教会の中で、この一角だけ時間は緩やかに、昔話に興じている。

「まさか正夢だとおもわねぇだろうが」

 あんなばかげた夢の話は、こき使われたという現実の下に忘れ去られた。
 そして思い出したのは、今日この時だったのだ。

「なぁオヤジ」

 言われるがまま、話を黙って聞いていたシンが、ようやく口を開いた。

「なんで俺にそんな話したんだ?」

 もともとこの話はミリアにしていたわけではない。
 そわそわと落ち着かない青年に対して、ソルが投げかけたのだ。
 そういえばこんなことがあったのだと切り出して。

 少しは勘繰るようになった青年に対して、少しは成長したものだと感慨深く考えながら、回答を寄越す。

「カイの夢にはもう少し続きがある」

 寝室に連れ込む際に、カイがまき散らした言葉をまとめるとこうだ。

「耐えきれないで逃げ出したら、自分の息子らしい金髪で隻眼の野郎に捕まって、ヴァージンロードをそいつと手をつないで歩かされたんだと」

 逃げ出さないようにしっかりと手をつないで、タキシードを纏ったディズィーと、同じくタキシードを纏ったソルにその腕を掴ませるまで。
 シンの顔が強張った。

「最後まで正夢にするかどうかはお前次第だな」

 短くなった煙草を焼き切って、ソルは楽しげに笑った。





2012.9.29