チョコレートホリック

チョコが食べたい。
最近無性にそう思う。そればかりかついつい手が伸びてしまう。
しかし包装紙の数を見てチョコに伸びた手が止まった。

「…食べ過ぎた」

一人で今食べたというにはあまりにひどい残骸の量。
ある食べ物が無性においしく感じる時、それはその食物に含まれている栄養素が不足して身体が渇望している時と聞いたことがある。

今日だって仕事の合間に食べていた。
昨日も食べていたような気がする。その前も。
…いつからこんなにチョコレートを摂取するようになったのか。
甘い物は昔から好んでいたし、今だって食べるけれども、年齢を重ねて食べる量は―少しばかり意図的に―減っている。

流石に酷いから、ひとまず残骸を片付けよう。
こんなに食べたことを知られたら、間違いなく餓鬼だとからかわれるに違いない。

「…いや、こんなタイミングで来るわけないか」

気まぐれにやってくる男は何か月ももう会っていない。
こんな変なタイミングで訪れるわけもないだろう。

「何が来るんだ?」
「!?」

反射的に手に持った包装紙をぐしゃりと握り潰してしまうくらい、男は前触れもなくいきなり現れ話しかけてきた。
ちょうど入って来たばかりの男は泥と埃と血生臭さを纏っていたから、今し方辿り着いたのだと知れた。

「だから、玄関から入って来いってあれほど!」
「チョコくせぇ、食い過ぎじゃねぇか?」
「人の話を聞け!」

全く人の気も知らないで男は話を振る。

「そんなにチョコ好きだったか?」 「疲れているだけだ!自分でも食べ過ぎたと思っている!」

反射的に握りつぶしたはずみで、落ちた包装紙を拾う。
片手に収まり切らないほどなんて、よほどだと思う。
とっさに疲れているとは言ったものの、最近は大きな事件もなく、定時に上がっているくらいだ。
疲れが原因だとは思えなかった。
それでも無性にチョコレートが食べたくなるのはよくわからない。

「明日は?」
「…その質問の意図は?」

不穏な問いかけに思わず真意を尋ねてしまう。
ちなみに明日はたまたま休みだ。

「加減が変わる」
「加減だけか!」

明日の日程を聞かれただけで何の話をしているのか、わかるようになってしまった自分にもげんなりするが、予定があってもなくてもやることは変わらないという男の発言にもげんなりした。
包装紙をゴミ箱に捨てて、読みかけの本を取る。

「私は寝るから、あとは好きにしてくれ」

そそくさと寝室に避難をしようとしたら、腕を掴まれた。

「何を」
「好きにしていいんだろうが」

反論の間もなく腕を引かれて腰を取られた。

「好きにしていいって、その中に私は含まれて」

ない!と言い切ろうとした言葉は形を成すことはなかった。
要領を得た男が口を塞いでしまったばかりか、呼吸さえ奪いに来たからである。





「今日仕事だったらどうするつもりだったんだ…」

あえて返答しなかったら男は遠慮も加減もなかった。

「回答はぐらかした時点で、休みだってわかったからな」

仕事だったらすぐ言うだろうが。と男は言い切った。
反論できない。
仕事に差し支えるようならすぐさまそれを口実に、拒否の言葉を並べるからだ。
確かに今日は仕事ではないので、その言葉を並べなかった。

「…動けない…」
「てめぇも散々ヨがってだろうが、いつもより乱れやがって」
「よがってもないし乱れてもない!」

気合を入れれば動けないわけではない。
でもその気力は昨晩根こそぎ奪われた。
カーテン越しに差し込む日差しが煌々と眩しい。今日は、洗濯日和だったに違いない。

「飯どうする?」
「適当にしてくれ」

作る気力もなくて。
適度に温まったシーツに包まる。
動かないと分かったのか、男はベッドから立ち上がったらしい。

うつらうつらと睡魔に身を任せていると、再びベッドが揺れた。

「おら、口開けろ」

言葉と共に何か口に当てられ、何?と問いかけようとする間に押し込められた。
歯を立てれば口内でとろけて薫るカカオ。

「…チョコ」

昨日から食べなれて、昨日まで食べたくて食べたくて仕方がなかったもの。
とろりと口の中で融解して、広がる香りと触感。

なのになぜか、今は不思議とあの感動はない。

もう一つ口に入れようとするのを逸らして防いだ。

「…飽きた」

くどい。とその時は感じた。
口の中に残る甘さに、紅茶が飲みたいと思った。

「…俺が前に来た時もチョコ食ってたな」
「そうだったか?」
「異常な量食ってたのに、その後ぱったり食べなくなった」

 異常な量とは表現が過剰だ。
 基準がこの男自身ということなら、確かに過剰というランク付けなのだろうが、一般常識からそこまで逸脱していないはずだ。
 …昨日は少し例外として。

「久しぶりに会うとよく食ってるよな」

 珍しく男は愉しそうだった。

「何?」
「知ってるか?」

前髪を払う指先がやけに優しくて、いやらしい。

「チョコが口の中でとろける触感は、キスの4倍の快感なんだと」

言われたことの意味をすぐ理解出来ない。

「それでもチョコを過剰摂取しちまうのは、相当欲求不満ってことだな」

理解できていない頭に追い打ちをかけるように付け足した。
耳が熱くなるのが分かる。

「よっきゅうふま、ちがっ…!」
「今回は3か月振りか?」
「だから!」
「もうちょっと頻繁に来た方がよさそうだな」
「…っ///」

 何を言っても聞き入れられないどころか、揶揄がますますひどくなる。
 こんな時ばかり饒舌なその舌が憎い。
 自分がチョコを食べていたばかりに。
 こんなことなら、こんなことになるなら!

「もうチョコなんて食べない!」



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 1年越しに書き終わった…。
 そして鼻血に繋がる。