花が似合う男、というのは目立つ。
黒コートと帽子をトレードマークにしている気障男であれば、それはイイ男の条件のひとつだとでも言うだろうが――実際、それに近いことを言っていた気がしないでもないが、あいにくと憶えておいてやる義理もなかったから、確かに奴が言っていたという確証はない――なかなか様になるという男というのは少ないだろう。少しばかり照れ臭そうに花束を手にしているその姿は、別段探しているわけでもないのに自然と視線を吸い寄せた。
だが、声を掛けるのは何となく憚られた。花屋の店頭で、頼んでおいたらしい一抱えほどもある華やかな花束を受け取るその片手には小さな白い箱。何となく見覚えのあるそれは『お気に入りの店』とやらのケーキが入っているのだろうと推測するまでもない。どことなく浮かれたような横顔は見慣れたもの――だが、その表情は見知った者ではないように見えた。
今夜の宿は別に探すとしよう――どうやら、俺はお呼びではないらしい。
「こら待て」
不意に掛けられた声と共に、後ろ髪を思い切り引っ張られた。普段他者に背後を取らせるなどまず有り得ないものを、そんな油断をしてしまったのは何でもない、その気配を敵ではないと認識してしまっているからだ。
「こちらに気が付いておきながら回れ右、とは。何か後ろ暗いことでもあるのか?」
そう言って笑うカイの顔には屈託がなく、それがなおさら男の気を重くさせた。別段、どうということではないはずなのだが、それなのに――埒もない思考に陥りつつあることを自覚して、男は思考を中断した。
「今日は泊まって行くのだろう?」
夕食は何がいい。
どことなく弾んだ声でそう尋ねたカイの、その声にすら何かしら苛立ちに近い物を感じていることを自覚して、男は意識的に声を低めた。
「……いや、夜になる前にここを発つ」
カイはかすかに目を瞠った。
「そう、なのか……」
一転して沈んだ声に胸のどこかがちくりと痛んだような気がしたが、気のせいだと男は己に言い聞かせた。そんな『優しさ』など己にあるはずがないのだから。
人らしい『ココロ』など。
「俺に構っている暇なんざねぇだろ」
そう言って、男がその両手の花束とケーキの箱を示してやれば、カイはきょとんとして、「あぁ」とどこか間の抜けた声を上げた。
「そうだな、これを渡して来ないと。夜になる前に発つと言っても、お茶をするぐらいの時間はあるのだろう? 先に家に行っててくれないか。すぐに戻るから」
久しぶりに会ったのだからこのまま別れるのは嫌だ、と。
言葉だけを取り上げれば何やら問題含みのセリフを屈託なく口にするカイに他意の欠片も伺い知れない。男は数秒あまり黙り込み、そしていくらか怪訝そうに口を開いた。
「いや、別に俺に構う必要はないだろ」
そっちの方が大事だろうが。
「そっち?」
カイは目を瞬かせ、やがて眉を寄せた。
「アイスケーキじゃないし、今の気温ならすぐに傷むこともないと思うんだが」
花束もちゃんと水を含ませてもらっているし。
「一刻を争うというものでもないぞ?」
男はため息を吐いた。
「……そりゃ、誰か――オンナへのプレゼントだろうが」
「そうだ」
あっさりとカイは言った。
「贈り物と花束抱えて何悠長に立話してンだ。さっさと行って来い」
急いで戻って来ようとする必要はない、と。付け加えるべきかどうか迷い、男はらしくないと口を噤んだ。じゃあな、と歩き出そうとしたのだが、またもや後ろ髪を掴まれてぐいとばかりに引っ張られた。
「何しやがる」
「もしかして、お前は何か誤解をしてないか?」
そう言って眉を寄せたカイはかすかに怒っているように見えた。
「確かに、これは女性へのプレゼントだ。でも、単なるプレゼントだぞ? わたしの誕生日に素敵なプレゼントを下さったからお返しをしようと思っただけで」
そこまで言って、カイはにこりと笑って見せた。
「別段プロポーズしに行くとか、告白するとか、そういう話ではないぞ」
もし、そういう勘繰りをしたのなら、お前はわたしをどう思っているのかじっくりと聞かせてもらいたいものだな。
しかし目が笑っていない。
「……」
「どうなんだ?」
「……」
この場合、沈黙は何よりも雄弁な回答に変わったりもする。
カイは大きなため息を吐いた。
「そもそも、お前は自分の誕生日を『忘れた』の一点張りでお返しもさせてくれないじゃないか」
思いも寄らない所に――あるいは、それは必然であったかも知れないが――飛び火して、男は思わず肩を竦めた。
「今夜中にパリを発つ予定はキャンセルするんだな」
いつになく強引にそう言い置いて、カイは踵を返した。
「これを渡して来たらすぐに戻るから。逃げるなよ? 大人しく家で待っていなかったらどうなるか――覚悟するんだな」
元々そんな予定などなかった男には、逆らう理由もない。
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というわけで、直し出すと際限がなくなるので誤字脱字修正のみに留めました。
この後りえさんの所に花束とケーキを持って行ったキスク氏は「とっとと帰れ!」と言われた挙句、家に帰ったら帰ったで「そんなプレゼントをわざわざ持って行ったら相手は期待してたんじゃねぇのか」とか、ちょっと拗ねた悪男さんにイヤミを言われてしまうのだと思います。そうしたらきっと、キスクさんはこう言うでしょう。
「それはないと思うな。何しろ「さっさと帰ってソルさんと仲良くしてください」って言われたから」
なんと
如月のお姉様に誕生日プレゼントを頂いてしまいました!!
奇しくも如月姉さんのお誕生日が近く、誕生日と称して日付が変わる前に私がラフをを差し上げたという話が前提です。
すごいなにこの萌えるお話。まさか話の話題出してもらえるとは思ってもなかった!
そして全力でお帰り頂きますね!!それで某賞金稼ぎさんにちょっとでも覚えてもらえたら光栄ですね!
賞金稼ぎさんようり強気なキスク氏がたまらない…!!たじたじにする材料に使ってもらえたら本望です!
頂いた揚句サイト掲載を許可して下さった如月さんありがとうございます!!