雪々こんこん。

「ソルなんか大っ嫌いだー!!」

 ノックも礼節もなく扉を開け放ち、突然胸倉を掴みかかってきたこの城の主の第一声はそれだった。

「今度は何の八つ当たりだ?!」

 こういう時は大概、愛息子がらみの事だったりする。





 今日のイリュリアは昨日に比べて穏やかだった。
 といっても、昨日と違って吹雪いていないというだけで、空は相変わらず曇天だった。
 それでも日差しは抜けているらしく、昼間だという認識はある。
 午後からは休みを取ったカイにとっては、あまり喜ばしくない天気ではあった。
 別に洗濯をしなければいけないとか、掃除をしなければいけないとか、そういったことはないのだけれども。
 折角の休日、しかも愛息子が戻ってきているとなれば、やはり晴天がよかったという所である。

「そういえば、シンは?」
「シンなら中庭で遊んでいるぞ」
「ドクター」

 ぼんやりと窓越しから天気を伺っていたカイの質問に、背後に控えていたパラダイムが答えた。

「中庭、ですか?」
「雪が積もっていることにはしゃいでいたぞ?イズナ達を連れて出て行った」

 わざわざこんな寒い中に出ていく気がしれない。とでも言いたげな口ぶりだった。

「雪はお嫌いですか?」
「さすがに冬眠することはないが、堪えるな」

 なるほど、ギアとはいえ変温動物が素体となっているのだから、寒さに動きが鈍るのであろう。
 在住地も常夏とまではいかないが、気温の安定した地だと聞いている。

「私も行ってみようかな」
「ならば温かくしていくといい。特に君が風邪を引くと一大事だ」
「そうですね、上着を取ってきます」
「マフラーも忘れぬようにな」
「…最近、過保護になっていませんか?」
「君は特に気温に対して鈍感ということは学んだよ」

 気温に鈍感。という言葉に、返す言葉がなかった。
 あまり寒いとか暑いとかの感覚は、人に比べて感じにくい。
 その感覚を頼りに外出すると、特にソルに怒られる。
 感覚は鈍くとも、身体の構造や反応は同じで、風邪をひいてしまうのだ。

「歳かな」

 特に最近は、その傾向が強かった。
 昔はそれでも風邪を引くことはなかったが、最近はその日のうちに兆候を見せ始める。(しかしくしゃみ一つで大騒ぎになるのはいかがなものかといつもカイは思う)

「それ以上に立場もあるだろうな、まあ気を付けたまえ」
「ありがとうございます」
「あーさむさむ寒いっちゃねー」

 言葉とは裏腹に明るい声音で入ってきたのは、シンと遊んでいる筈だったイズナと猫又達だった。

「今日は昨日よりましじゃけどやっぱり寒いっちゃねー、連王はん、なんか温かい物ないん?」
「騒がしいな」
「では、今お茶を淹れましょう。紅茶とココアはどちらがいいですか?」
「ありゃ、ココアなんてあるんちゃねー」
「シンが来ていますから」

 折角なのでココアと所望したイズナの為に、カイは給湯室に入る。
 決して紅茶が嫌いというわけではないが、紅茶にミルクと砂糖を入れるものより、ココアの方が好きらしい。
 ソル曰くお子様味覚なのだという。
 ココアが好きだというのは、最近になって知ったことだったが。
 
 イズナ達の分に合わせて、シンの分も準備をする。
 自分の分だけ砂糖多めのミルクティにして、敢えて普段使わないマグカップに淹れた。
 
「あれ、シンは?」
「シンはまだ中庭だっちゃ?」

 てっきり一緒に戻って来たものだとばかり思っていたのだが、カイの早とちりだったようだ。
 外から戻って来たばかりだからか、イズナや猫又は冷気を纏っている。
 ココアを受け取ればマグカップ越しの温かさに感銘の声を上げていた。(それは大げさではと思うほど)

「あれ、連王はんは飲まないんっちゃ?」
「私はシンにココアを届けてきます」
「ちゃんと上着を着て行きたまえよ」
「心得ています」

 湯気立つココアを、早く届けたいという気持ちもありつつ、パラダイムに釘を刺されたので、まずカップの蓋を取りに給湯室に戻った。



 銀白の中庭は、既にあちらこちらで雪が決壊していた。
 そしてその中庭は、あちらこちらにぼこぼことした雪の塊が出来ていた。
 それはシンの周りに特に集中していた。

「シン?」
「あ、カイ。仕事終わったのかよ」
「ええ。ココアを持ってきましたよ」
「やったー!」

 シンは無邪気に手を伸ばしてきたので、その手にマグカップを渡してやる。
 あったけー。とこれまた感銘の声が上がる。
 イズナ達が音を上げて戻って来たくらいの寒さだ。
 シンも相当寒かったのだろう。

「シンは、何をしていたのですか?」
「何って、雪だるま作ってんだよ」
「雪だるま?」

 雪の塊だと思っていたものに目を向けると、それには顔がついている。
 なるほど、確かにこれは雪だるまだ。

「これはソードマン?」
「コンヴィクトハンマー」
「あ、じゃあこっちが」
「ワイズマン。いいよ、わかんないならわかんないで」

 雪だるまじゃそんな細かく作れねーし。と言った。
 カイに言うというよりは、自分に言い聞かせているようで。
 温かなココアを啜っている。
 しかしこれでは父親の威厳…とまではいかないが、面子に関わるので、何とか当てたい所だ。

 そこで目に入ったのは、一際大きな雪だるま。
 額と思われる所には何やら赤い板(一体これは何処から持って来たのだろうと思うような)、その下には二つの朱い木の実が張り付けられている。

「これは、ソル?」
「そう!オヤジ!!」

 初めての正解に、カイ以上にシンの方が喜んでいるようだった。

「よくできてるだろう?!」
「うん、よく似ている。ソルは他のより大きいんだな」
「オヤジつえーもん!」
「じゃあそのソルより大きそうな今作ってるのは誰かな?」
「母さん!」

 これからイズナと猫又と作るんだーと意気揚々と語る。
 まだまだシンはここから離れるつもりはないらしい。
 カイはシンの横に屈んで行く末を見守る。

 足元には木陰の君の雪だるまの材料なのだろう。赤い実と黄色いリボンが準備してあった。
 雪だるまの作成に勤しんでいるシンの邪魔にならないように、カイは作られた雪だるまを一つずつ見ていく。
 そのたぶんこれを作ったんだろうと見当を付けてはみるものの、口にはしない。
 芸術的センスはないと、何度ソルに断言されたことか。
 その中に、他の物と明らかに違う雪だるまを見つける。
他のはどれも雪玉を二つ組み合わせているが、それだけは、雪玉一つ。メガネらしきものを付け、頭からススキを二本生やしている。

「…これドクターかな?」
「よく分かったな!」

 きちんと答えられるとシンは喜んだ。
 カイも一安心する。しかし思わず疑問を口にしてしまったのは頂けなかったかもしれない。

「ススキとはなかなか洒落ている。でも、何故ドクターは首だけなんだ?」

 それを告げると上機嫌だったシンの、表情は明らかに曇った。

「ドクターは等身的にそうなったんだ!首だけじゃねーもん」
「な、なるほど、等身まで考えて作っているなんて、拘りがあるな!」

 どうやら失言をしたらしいのを、慌ててフォローする。
 が、愛息子の気分は上昇しないようで、カイは少しばかり焦る。

「そういえばシン、私のはどれかな?」
「カイ?」

 失言にならないように気を付けて発言したつもりだったが、シンの反応は鈍い。
 もしかしてまたやってしまったのだろうかと思った。が、それはシンの回答によって違うのだとわかった。

「カイは、ない!」
「へ、へぇ」

 あまりにきっぱり言われたので、カイは返答に困ってしまった。
 シンとの溝は、だいぶ埋まったような気はしているが、それでも時々及び腰になってしまう。
 ただ単にまだ作ってないというだけならほっとできるのだが…。

「これから、作るのか?」

 もしかしたら声が震えているかもしれないというほど、それは緊張する問いかけだった。

「うぅーん」

 シンは作業の手を再開しながら、(いつの間にかココアはなくなって雪の上にマグカップが置かれていた)何か考えているようだった。

「たぶん、つくんねー」
「っ!!!!!」

 それはあまりにあっけらかんとした答えだった。
 ただそれはそれは深くカイに突き刺さる言葉であることに違いなかった。
 様々な憶測が瞬時に頭を巡る。何故作らないのか。
 しかしそれらはどれもシンの口から出たとしたら、立ち直れる気がしない。

「そ、そうか。程々にしなさい?」

 それだけいうので精いっぱいだった。
 そして、逃げるようにその場を立ち去るしか選択肢が思いつかないのは、嘆かわしいことだった。
 
「カイ、なんかふらついてねぇ?」
「う、うん、ちょっと立ちくらみかな?」
「大丈夫かよ?」
「大丈夫、大丈夫」

 足取りが危ういのは、寒い中で屈んで急に立ち上がったからというわけではないのはカイが一番分かっている。
 ただ息子の力作を壊すわけにはいかないので、コートの裾が雪だるまに当たらないようには気を付けている。

 ふらふらと中庭を脱出して、その後何処をどう歩いて戻ったかは分からないが、これはどこかにぶつけないといけないという気持ちに、いつの間にか足が速くなっていた。
 




「雪だるまぁ?」
「そう!雪だるま!」

 こういう時のカイとの会話は原因究明するのに時間がかかる。
 何かにつけてここぞとばかりに真剣仕合を罵りと共に所望してくるのを、縫うようにして会話をしなければならないからだ。
 一向に会話が進まない。
 進まないが放っておくとその後の方がさらにややこしくなることは、既に経験済みのソルだった。
 だから根気強く会話をしていたわけである。
 それで判明したのが、今回は彼の愛息子が作っているという雪だるまが原因だということ。

「お前ばっかりずるい!しかも大きかった!私もシンに作って欲しい!!」
「だったら素直に頼めばいいだろうが!」
「だってなんで作ってくれないのか聞いてない!嫌いだからって言われたら何も言えないしそんなこと言われたら死んでしまう!」
「今まで散々言われてきて死んでないだろうが」
「やだーー、シンにそんなこといわれるのやだーー!!」
「…お前熱でもあんのか?」

 あまりに言葉が拙いのも手伝って、思わず熱を測ってしまう。

「熱なんかない!」

 気遣いの手はカイによってあっけなく叩かれてしまう。
 確かに熱はないようだ。
 しかし次の瞬間、思わず目を瞠ってしまった。

「お前…泣くなよ」
「うるさい…!」

 両の目からは、透明なしずくぽろぽろと零れる。
 そんなに嫌なのかと思う。
 父親のカイの心境は、未だに掴めない所がある。
 とりあえず息子に対しての感情の琴線に関しては、異常に(病的にと表現しても差し支えないくらいに)敏感だ。

「ソル、ずるい…」

 胸倉を掴んで散々喚き散らかしたそれは、疲れたのか脱力してソルの腕の中にすっぽり収まる。(本人はそんなつもりはないだろうがまさにその表現がぴったりだった)
 抱き込んだ身体は外気をまとってまだひんやりと冷たい。

 はあぁ。

「で、俺にどうしろって?」
「本気で戦って下さい」
「それじゃあ根本的な解決になんねぇだろうが」
「シンに嫌われてたら何処をどう解決すればいんだ?!」
「嫌われてるって決まったわけじゃねぇんだろうが」
「だって怖いんだ…」
「ギアの大群に単身で突っ込んでいった奴の台詞とは思えないな」
「次元が全く違う」

 はあぁ。

 埒が明かないのは最初から分かっていたことではあった。
 一挙手一投足で、ここまで動揺させられるは、シン以外には出来ないことだ。

 頭を撫でてやれば、なかなか温まらない毛先はひんやりと冷たい。
 随分と伸びた物だと、別の思考で耽る。
 肩から先、肩甲骨に届くまで伸びただろうか。
 伸ばしているのか?と尋ねた所で、カイは曖昧にしか答えない。
 何か思惑があるのだろうが、それは他の誰も知らない所であった。
 昔は少しでも伸びれば切っていたのに。と思うと、これも成長か父親になったことかの心境の変化なのだろう。

 はあぁ。

 再三のため息を吐いた後、寄りかかっていたカイを引き剥がして、ソファに座らせる。
 きょとんとした顔をして、立ち上がったソルを見上げている。

「ちょっと行ってくるから、そこで待ってろ」
「え、ソル?」
「紅茶淹れ直して飲んでろ、冷てぇぞてめぇ」
「ちょっと待て、ソル!」

 背後で何かしら抗議しているカイをそのままおいて、とりあえず原因である愛息子の所に足を運ぶことにする。
 今日中に本を読み終えてしまいたかったのに、すっかり予定が狂った。



 そして中庭はすっかり雪だるまの楽園と化していた。
 シンは未だ黙々と雪だるまを生産し続けている。
 そんなに作ってどうするのだというくらい黙々と。

(こういう所はカイにそっくりだ)

 こんな寒い中長時間、これだけの雪だるまを作り続ける集中力には、流石のソルも舌を巻く。
 どちらの血筋であったとしても、集中力はある方だが。
 ただその雪だるまを作っている姿は、昔カイが何かしら悩みながら作業をーそれは書類だったり料理だったり掃除だったり様々であったがー続けていた時と酷く似ている。
 そういう時は大概、侵入者の存在に気付いていないのだ。

「こんなに作って、雪だるまの王様にでもなるつもりかてめぇは」
「うわっ、オヤジ…?!」
「なんでインコは首だけなんだ?」
「だ、だからちげーし!等身的な問題だし!」
「あぁ?」
「いいよ、オヤジにびてきセンスなんて求めてしかたねぇし」

 そんなに変かー?とドクターの雪だるまをぺしぺし叩く。
 その姿には、いつもの覇気は感じられない。

 これはさっさと用件を済ませて片付けた方が良さそうだ。
 そんなソルの開口を待たずして、シンが言葉を連ねた。

「カイ、大丈夫だったか?」
「…大丈夫だったら来てねぇ」
「だよなー。まずったかなー」

 ソルのことなど眼中にないようで頭を抱える。

「分かってんならまずったことすんじゃねぇ、面倒くせぇ」
「カイが俺に対してだけ脆すぎンだよ。いっつもどんな奴の悪態も平然と受け流してるくせに」

 それは確かに認めるし同感する。
 もう少し毅然としていてもらいたいものだと何度思ったことだろうか。
 それでも息子の方が少しでも進歩していることは、よい兆候と言えるだろうか。

「…なぁオヤジ、カイの特徴ってなんだ」
「堅物」
「そういうちゅーしょー的なのじゃなくて、外見的な!」
「美人」
「そうだけどさ!ってか惚気んなよ」

 立っていたら地団太を踏んでいるだろう反応だった。
 ちなみにソルは惚気たつもりはこれっぽっちもなかった。

「…何が言いてぇ?」

 シンは言い淀んだ。
 そして誤魔化すように雪を固める。
 舌打ちすればびくりと肩が揺れて回答が来た。

「カイの雪だるま作りたいんだよ!」
「あぁ?」

 あっさり欲しかった回答が来たので、拍子抜けであった。
 それなら嫌がるカイを無理やり連れて来ればよかったと思うほどだ。
 カイがいたらそんな言葉が飛び出すことはなかっただろうが。

「作りゃいいだろうが」
「カイ、特徴ねーもん」

 雪を固めながらシンは言い募った。

「冠があるじゃねーか」

 雪だるまという素人からしてみれば単純造形でしかないそれに、個人を特定するためには、確かに特徴が必要だ。
 ソルであればヘッドギア、木陰の君であればリボン、パラダイムであればメガネや触覚など。
 特徴があれば多少下手だろうとぱっと見てもそれが誰であるか特定できるだろう。
 カイと言えば、思いつくのは冠だ。あれは連王だけに与えられるものだ。

「あれはやだ」
「あぁ?」

 それなのにシンはあっさり却下する。

「あれ以外でどうやって作るんだ?」
「だから聞いてんじゃん!カイの特徴!」
「何で冠じゃ嫌なんだ」

 再びそこでシンは言い淀んだ。
 しかしソルが舌打ちをする前にぽつりと零す。

「連王で、作りたくねぇ」
「…」

 むすーとする息子は、形が決まってないだろう雪だるまを懇々と作り続けている。
 作りながらずっと悩んでいたのだろう。
 だから雪だるまの楽園が築かれたのだ。

 はあぁ。

 本日何度の目のため息であろうか。
 この親子は本当に面倒で堪らない。
 しかし、シンの言い分は、分かってやれないわけでもないのだ。

「…ちょっと待ってろ」

 これも本日二回目の台詞だろうか。

「え?」

 寒い中庭から早々と抜け出すソルに、シンは待ってとかちゃんと考えてくれよ!とか抗議の声を上げている。
 こういう反応も親子でそっくりだと、内心で思うのだった。



「おい、坊や、頭貸せ」
「は?」

 ものの10分そこらで戻ってきて、しかも突然の命令に、カイは全くついていけない。
 言われた通り紅茶を淹れ直して飲んでいる所は、律儀というか真面目だと思いつつ、すぐには反応しないカイの腕を掴む。

「ソル?シンは?」
「いいから来い」

 先程よりは温まったようで、冷たさはもうなかった。
 ドレッサーの前に座らせると、出ていたブラシを掴む。

「ソル?」
「てめぇは髪結うもの探せ、やってやる」
「???なんで」
「いいからとっとと探せ、シンと仲直りしてぇんだろ」

 事態が分からないと言わんばかりに、そして喧嘩したわけでは…と物申しながらも、ドレッサーの引き出しを開ける。
 ちょうど下を向いているので、髪を結うにはちょうど良かった。
 数度髪を梳き、それから頭の高い所で一つにまとめ上げる。

「ソル?」
「そこの白と青いの寄越せ」

 引き出しを開けても選びかねているカイの代わりにソルが選ぶ。
 これ?と確認するカイの手から奪うように受け取った。
 出ないと折角まとめた髪が崩れてしまう。

「痛い」
「少し我慢しろ」

 どういう構造になっているのか分からないそれを、そこそこ見栄えがする形に収める。
 嫁のドレッサーだからこそ、デザインは女性もののようだが、白と青の組み合わせなら、カイにも合うと思っての強行だった。

「よし、これでシンの所いけ」
「…ポニーテール?」

 ちょうど頭の真ん中に作られたそれは、カイの視線からは捉えきれず、左右に頭を振って確認している。
 その度に飾り布がふわりと揺れた。

「とっとといけ、マフラー忘れんなよ」
「ソル…」
「大丈夫だから、とっとと行け」

 不安げに見上げてくるカイに、これは洒落ならんないと片隅で思いながら催促する。
 終わったら外させなければなるまい。
 恐らくポニーテールかどうかは関係ないにしても、これはなかなか宜しくない。
 あまり考えてなかったが破壊力がある。

 まだ及び腰のカイを立たせて、無防備になった首元にマフラーを巻いてやる。

「…なんだかよく分からないが、信じるよ」

 迷うことをやめると、カイは頭の尻尾を揺らして出て行った。
 完全にその背中が、扉の向こうに消えて、足音が遠ざかる。

「後で絶対…」

 覚悟してろよ?と聞こえていない相手に宣戦布告する。



「シン」
「カ…?!」

 ちょっと待ってろと言われて何事かとそわそわとして待っていると、まさかのカイが現れた。
 しかも何か印象が違う。
 近づけばそれが髪型であるということはすぐに分かった。

「カイ、どうしたんだよ、その頭」
「え、っと、ソルが、これでシンの所に行けと言って」

 それにしてもまたたくさん作ったなー。と感心しているカイを凝視する。
 ポニーテールだけでなく、飾り布までしてあるから、これなら確かに作れそうだ。
 しかしわざわざこんなこと…、と思うとつい噴き出してしまった。

「シン?」

 突然笑い出す息子に、やっぱり変だろうかとポニーテールを触るカイ。

「それならカイの雪だるま作れそう」
「え」

 予想外の言葉に、カイは目を瞠った。
 そして、みるみる内に喜色に染まる。

「本当ですか?」

 心底嬉しそうな声音。
 あぁ、やっぱり雪だるま作ってもらえないことにショック受けてたんだと、自分の失言を悟るシン。

「あっちで青い木の実も見つけたし」
「楽しみにしてますね、シン!」

 白い息を弾ませて、待ちきれないと言わんばかりだ。

「どうせならカイもなんか作ろうぜ?」
「私も?」

 出来上がっていく様子を横で凝視されるのは、いささか気まずい。
 しかし今ここでカイを追い返す術を持っていないので、それだったら巻き込むことにしたのだった。

「そうだな、折角の休日だし」

 シンの横の空きスペースに屈むと、最寄の雪をかき集める。

「カイ、手袋は?」
「これくらいなら平気だよ」

 直に雪を触るのは冷たいだろうに。と思いながら、雪を固めていくカイを見守る。

「シン、シンの雪だるまは?」
「え?」
「作らないのか?」

 思ってもいない問いかけに、シンは悩んだ。
 これっぽっちも考えていなかったのだ。自分の雪だるまなど。

「作る予定はなかったけど」
「では私が作ろう!」

 そういうと張り切って雪を掻き集める。

「シンのはとびっきり大きく作りたいな!」

 目を輝かせて懸命に雪を固める姿は、まるで子供のようだ。
 再び噴き出しそうになるのを何とかこらえる。

「負けねぇし!」
「ふふ、そしたらどちらが大きく作れるか勝負だな」

 その後二人は、なかなか戻らないカイをソルが迎えに来るまで、永延と雪だるまを作っていたとか。






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トップイラストを描いている時に考えてた話。
きっとこれはこんなことになってこういうことに発展するんだろうなと。
お粗末様でした。