隣の人。
※現代パロです。
ふらりと立ち入った公園に、子供が一人で、砂場で遊んでいた。
西日の眩しいこの時間帯に、他の子供の姿は見当たらない。
フレデリックにとって、それはただそこにある事象でしかなく、それに介入するつもりも関与するつもりもなかった。
たまたま今日越してきたマンションの前に公園があって、買い出しに行くのにこの公園を突っ切る方が早かった。
ただそれだけなのである。
だから子供がこの時間に、一人きりで公園にいるから公園に立ち入ったわけではない。
寧ろ、下手に関わることによって逆に人攫いだなんだと誤解をさせる雰囲気を醸し出しているというのは、自他共に認めている。だから関わらない。
意識して砂場から少し離れて公園を突っ切った、はずだった。
不意に衣服が何かに引っかかった感覚に、視線を向けざるを得なかった。
ズボンの裾をつまんでいたのは、砂場に居た子供だった。
夕日にその子供の髪は見事な蜂蜜色に、しかし蜂蜜のようなとろみはなく、首を傾げるとさらりと揺れた。
「…何だ?」
「となりのひと?」
「あ?」
何の隣りなのか、主語の抜けた子供の世界観に、思考のレベルを合わせるか合わせないかで迷った。
「今日、となりの部屋に来た人?」
「…隣りのガキか」
部屋の片づけで窓を開けている時に、隣から母親と子供の声が聞こえてきたことを思い出す。
「ママはどうした?」
「ママは今日はおでかけなの」
「…じゃあパパは?」
「パパは買い物。今待ってるの」
子供を置いて出かけるというのはどういう神経なのか。
ため息が出そうだ。
「シン!」
「パパ!」
子供はフレデリックへの興味を一気に無くし、呼び声の方に駆けていく。
公園の入り口で、買い物袋を両手に持った父親らしき人物が、勢い余って転ぶ寸での子供を抱きとめた。
「だめですよ、シン、部屋で待っててねって言ったでしょう?」
「だってつまんなかったんだもん」
両腕に随分いろいろと買い物を持っているにも関わらず、父親らしき人物はそのまま子供を抱き上げた。
遠目から見る限り華奢な体つきに見えるが、意外と力があるようだ。
「ぱぱー、おとなりのひと」
完全に興味を失ってくれればよかったのに、子供興味はまだ残っていたらしい。
ただ隣人となると無視していくわけにもいかないだろう。
人付き合いが苦手だから、挨拶せずに終わるのであればそれでよかったのだが。
「ソル?」
「あ?」
フレデリックは目を細める。
しかしプログラミングで酷使した目はだいぶ視力を落としている。メガネをかけても、ここから公園の入り口にいる人物の顔まではよく見えない。
しかし、フレデリックのことを“ソル”のネームで呼ぶ人物は少ない。
その思考を辿っている間に、相手はここまで歩み寄ってきた。
「お久しぶりです、“ソル”」
「まさか、“坊や”か?」
近づいて、視力でしっかり見える距離になっても、一瞬誰であるか分からなかった。
それは記憶していた時から、随分様変わりをしていたからだ。
「その“坊や”呼びやめてくれないか?」
「お前、随分…」
その後の言葉は飲み込んだ。
鬱陶しいと言って定期的に切り揃えていた筈の髪は、すっかり肩につきそうなくらい長くなっていた。
丸みのあった輪郭はほっそりと筋の通った顔に。
「…ガキの作り方知ってたのか?」
「お前その無神経な発言相変わらずだな」
「お前は丸くなったな」
「そうか、体重変わってないんだが」
「体型の話じゃなくてだな。というかあれから体重変わってないのはむしろやばいだろう」
昔だったらもっと、きーきー喚いて食いかかってきた筈なのに、子供がいるからなのかひどく大人しい。
「パパのお友達?」
「そうだよ」
「友達ねー」
「変なこと吹き込んだら怒るからな」
少し昔の態度が顔を出した。
「隣の引っ越しって、お前だったのか」
シンと呼ばれた子供抱え直す。
しかし買い物袋の位置が悪いのか、あまり状況がよくなってないようだ。
「食事は?」
「ん」
ちょうど今買ってきたばかりの買い物袋を持ち上げる。
透明な袋から何が入っているのかはすぐわかるだろう。
カイは目を細めた。それは好感からはほど遠いものだ。
「カップ麺…」
「んだよ、引っ越したばっかで作れるわけねーだろ」
「それもそうだが…あ、うちで食べるか?」
「あ?」
シンを再び抱え直しながら、カイはさも当たり前のように言った。
「昔よりうまくなったんだぞ?」
昔と変わらない、いや昔よりも警戒心のない表情と声音で言った。
よく見ればよく似ている子供と顔を揃えて。
「……荷物」
「え」
「貸せ」
承諾する前にカイの荷物に手を掛ける。
子供を補佐的に支えている腕の方から荷物を引き抜いた。
「ほら」
もう片方の荷物も要求する。
「これくらい」
「ガキしっかり抱いてろ。飯代だと思え」
とっととしろと促せば、きょとんとしていたカイも子供を抱え直して荷物を寄越す。
「腕によりをかけるから」
あまりに警戒のない笑顔である。
「ソ…フレデリック、さん?」
急にキッチンにやってきたフレデリックに、カイは戸惑いながら本名を呼ぶ。
それが違和感でしかない。
「その呼び方やめろ」
「えっと」
「ソルでいい」
「ふふ」
思わず、と言わんばかりに口から笑い声が漏れる。
相変わらず鈴を転がすような笑い方だ。
「で、キッチンには何の用で?」
「あー、何か飲み物くれ」
「んー」
調理の手を止めて、冷蔵庫やらワインセラーなどを吟味し始める。
「ビールとかないのかよ」
「お前だってそんな飲んでなかったじゃないか」
「たまに飲んでただろ」
「唯一、共通して飲むお酒だったからなー」
あ、これどうぞ。と冷蔵庫から出されたのは肴になりそうなサーモンのカルパッチョだ。
フレデリックに渡すだけ渡して、もう一度冷蔵庫の中身を見ている。
屈んだ際に、さらりと流れ落ちる髪を耳にかける仕草が、あまりに自然だった。
どこか昔の面影を残しながら、しかしすっかり成長してしまった横顔に、先程飲み込んだ言葉を思い出す。
これまた随分…
「まだ、好き?」
「あ?」
「これ」
その手には瓶詰があった。
一時期嵌ってよく食べていたものだった。
「…まあな」
「ん、わかった」
これで何か一品作るつもりなのだろう。
手際よく野菜も取り出すと冷蔵庫を閉めてしまう。
「酒…」
「あいにく我が家にはワインしかないようだ。それでよければ好きなの飲んでくれ。というか先程の買い物の中にないのか?」
「あるにはあるが氷あんのか?」
「拘らなければある。拘るなら買ってこい」
「拘ると思うか?」
「変な所で」
「普通のでいい」
氷を入れる手頃な器を探して、カイは食器棚を探し始める。
この家には酒をロックで飲む人間がいないのだろう。
さきほど見たワインセラーも、比較的飲みやすいものばかりだった。
手慣れた様子で、代替品の器に氷を入れていく。
昔よく見慣れていた筈の光景だった筈。
ただ妙に新鮮に感じるのは、以前はあまりつけていなかった白いエプロンのせいか。
「随分…」
「え?」
気が付けば飲み込んだ筈のセリフが再びせり上がっていた。
せり上がってきたセリフの代わりに別の言葉を上書きする。
「…伸ばしたんだな、髪」
「あぁ、変か?」
「…いや」
折角上書きしたのに、返答の度に再び出そうになるから性質が悪い。
誤魔化すために何も分かってないカイの頬をつねる。
「いひゃい!もう、それ持ってシンの相手してろ」
「ガキはテレビに夢中だ」
「もうちょっとで終わってしまうから!」
機嫌を損ねたのか背中を押されてキッチンから追い出しを食らう。
ぎゃーぎゃー喚いている二人のやり取りに、シンは少しこちらの様子を伺っていた。
「ごはん何―?」
「ハンバーグ。もうちょっとだから、ソルと遊んでて」
「おい」
「わーい」
見ていたテレビがエンディングになって興味がなくなったのか、シンは迷うことなくフレデリックに突っ込んでくる。
「何すりゃあいいんだよ」
「そこにパズルがあるから一緒にやって」
こちらの様子も見ずにカイはキッチンから呼び掛ける。
そこ。を理解する前にシンが遊び箱らしきものの中からパズルを取り出して持って来た。
子供向けのピースが大きく、アニメキャラが描かれたものだ。
「何だ、この生き物」
「知らないのー?ちまきだよー?」
シンはローテーブルの上にパズルをひっくり返すと、ひっくり返ったピースを左右に分ける。
「ここ座ってー?」
子供らしい加減の知らない仕草でカーペットの上をたたいて促す。
「ここ特等席だろうが」
ちょうどパズルを組み合わせるのにちょうどいい場所だ。
しかし子供はいいからと言って促すので、しぶしぶそこに座る。
胡坐をかいて座るとシンは迷うことなくその上に座って来た。
「…おい」
「ふふ、親子みたいだなー」
「お前のガキだろ」
「いいから、そうしないと高さが足りないんだ」
なるほど。
確かに今の状態でちょうどいい高さのようだ。
「子供が苦手なのはわかるが、ちゃんと面倒みてくれ」
「お前…」
「みてみてー」
「あーはいはい」
構ってほしいのか、子供はわけのわからないことを言い並べ始めた。
肝心のカイはすっかり食材の方に意識を向けている。
その後ろ姿は、あまりに様になっていて性質が悪い。
「全く随分…」
本人の耳に届かないところでようやく飲み込み続けた言葉を吐いた。
「綺麗になりやがって」
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日記でもふらりと呟いていた現代パロです。
もともとちまき人形のシールを集めているカイにちょっかいを出すソルっていうのをしたかったのですが
それ現代パロじゃなきゃ出来なくね?ってなって、
考えた冒頭がこれでした。
肝心のそれはまだ書けてないっていう。